世界マジック紀行INスペイン


先日、NHK BS4Kで放送された『世界マジック紀行INスペイン』は、いままででもっとも意義深く、もっとも美しいマジック番組でした。マジック番組というより旅番組というほうが正確でしょうか。情熱の国スペインの、マジック大国としての魅力を紹介する内容です。

案内人は桂川新平。完全に新平さんだから成立する企画でした。「多くの人に助けられてラッキーだった」と彼は振り返っていましたが、それこそが彼の人徳のなせる業にほかなりません。新平さんの人間性とそこからつながる縁の必然や偶然の重なりが格別な景色をつくります。

演出ではないマジック文化のリアルなすばらしさと可能性が記録されているところが何よりも貴重です。番組を通じて、マジックの理想的なあり方が映し出されていたように思います。「芸術性」と「社会性」をキーワードに述べてみます。
 
芸術性

マジックは芸術なのでしょうか? とりあえず、そう見なされてはいません。「彼のマジックは芸術である」という表現が可能なのは、マジックが芸術ではないという前提の共有があるからです。「彼の絵画は芸術です」とは言いません。絵画が芸術だからです。

マジックはエンタメと見なされており、事実、エンタメです。でもエンタメと芸術は対立するものではありません。人は芸術を楽しみます。エンタメにも芸術性があり、それはエンタメ性にもリンクします。

番組には「芸術」という言葉が数多く登場しました。アートを掲げる新平さんがフィーチャーされているからというのも当然ありますが、基本的にスペインのマジシャンはマジックを芸術としても認識しているというのがあります。そして、そのアート思考はスペインマジックの質を支えるものにもなっています。構造や表現における正しさ、良さ、美しさの追求があり、基準があり、自由な発想があり、それが発展を推し進めます。

芸術性は観客の見方を規定するものにもなります。マジックに芸術を感じるとき、観賞が鑑賞になります。繊細な表現への感度が高まり、観点が多義的で重層的になります。そこにマジックの可能性が広がるのです。芸術性にはいろんな方向性や形式がありえます。新平さんのマジックはその見事な一例です。

マジックにますますテイストが求められる現代、マジックはもっと芸術になっていいと思います。
 
社会性

マジックは本来社会的なものです。マジックは他者がいて成立し、人類の共通性の上に成立します。言語や世代を超えて共有されるマジカルな体験には人と人とを結びつける力があり、そのポテンシャルは計り知れません。

スペインでのマジックの社会受容を見ると、マジックにはマジシャンが思っている以上に社会的可能性があることがわかります。マジックは閉じたコミュニティので回されるものではなく、もっと一般の社会に開かれた、もっと社会に根差した、もっと社会を巻き込んだ文化になりうるのです。

もちろん、社会に受け入れられるためには、それに値する上質な活動が継続的に示されなければなりません。社会受容があると活動しやすくなる循環もあります。スペインマジックは、芸術的取り組みはもとより、学術的な取り組みや教育的な取り組みもにも熱心で、それが社会的価値を生んでいます。

 
cultureはcultivateと同語源です。文化は本来的に耕すものなのです。刈り取る活動だけでは文化は痩せ細っていきます。土壌をつくって種をまくことが文化にとってきわめて重要であることを今回あらためて痛感しました。

マジック文化の最高のモデルがスペインにあり、この番組はその姿とマインドに迫るものでした。非常に示唆に富む、そして夢のある内容だったと思います。

この放送でマジックの美しいあり方が広く共有されることを願います。

 
 

ポン太 the スミス

 

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