ミスディレクション

ミスディレクションとはご存知の通り観客の注意を逸らす技術です。

マジシャンのあいだでミスディレクションの重要性は広く認識されていますが、見落とされがちなのはミスディレクションにおける程度の重要性です。

何かに注目しているときに他のことが見えなくなることがあります。この見落としは非注意性盲目とも呼ばれ、バスケットボールのパスを数えていてゴリラの乱入に気づかなくなる「見えないゴリラの実験」が有名です。非注意性盲目を引き起こすのが、強いミスディレクションになります。

注意力のリソースは有限なので、使われすぎると他に割く注意力がなくなり、網膜に写っているのにもかかわらず処理がなされず事実上見えなくなる、という原理です。

奪われる注意がそれほど強くない場合は、注意力が残るので盲目は起こりません。それでも注意力が削がれた分、情報処理レベルは落ちます。運転中に通話すると、盲目にはならなくても判断が鈍るために事故が増えます。このように情報処理のレベルを低下させるために使うのが弱いミスディレクションです。ディバイデッドアテンションという言い方がこの場合わかりやすいと私は思っています。

2つに分けて説明しましたが、実際には2種類あるというよりも、注意をどれだけ奪うかという量的な話であり、あるレベルで盲目が生じるイメージです(対象物のサイズや位置によっても盲目ラインは変わります)。

ミスディレクションは、程度を正しく選ぶことが重要です。盲目性が必要とされる場面で、見えてしまうのはもちろんアウトですし、低レベル処理が求められる場面で見えないのもまた良くありません。

盲目性が目的だからといってミスディレクションが強ければ良いわけでもありません。何かに気づかれないためにミスディレクションを使うわけですが、ミスディレクション自体にも気づかれてはなりません。「注意は逸らされていない」と観客に思ってもらえるよう、ミスディレクションはなるべくサトルに行うべきでしょう。

次のブログでまたミスディレクションに関連するトピックを取り上げます。

 

ポン太 the スミス

サーストン

ハワード・サーストンと言えば日本ではサーストンの3原則が有名です。

■サーストンの3原則

原則1.マジックをする前に現象を言ってはならない。
原則2.同じマジックを繰り返し見せてはならない。
原則3.種明かしをしてはならない。

原則1に関しては、そのマジックの狙いが意外性による驚きである場合、正しいです。しかし、マジックは予想外のビックリだけではなく、何がくるかわかった上で「それはありえない……マジか!」というタイプのものもあります。これはサプライズとサスペンスの違いで、その辺の話はペペ・カロルの『52 Lovers』に詳しく載っていますので、ぜひお読みください。

サスペンスになるものは、現象を事前に言って問題ありません。むしろ、言うべきだという意見もあります。ダニ・ダオルティスもそう主張していました。好きなカードを言ってもってからテーブル上の1枚をめくって当たっていることを示す場合、前もって宣言したほうが不思議だろう、と。問題は達成が難しくなることです。しかし、それは方法論の問題であり、現象面の問題ではありません。現象を言うとハードルが上がります。上げないほうがいいのかというと、そのハードルを越えられるなら上げたほうがいいし越えられないなら上げるべきではない、 と言えると思います。

原則2の理由は、繰り返すと意外性がなくなるし、バレやすくなるのでやめましょうということですが、これも原則1と同じことが言えます。繰り返すことでハードルは上がりますが、達成したときの威力も上がっていきます。1回では軽いエフェクトも反復で厚みを持たせることが可能です。アンビシャスカード、クレイジーマンズハンドカフス、スライディーニシルクなど、リピートによる傑作はたくさんあります。もちろん反復が適しているかはそのトリック次第なのですが、少なくとも最初から除外されるべき選択肢ではありません。

原則2を間違って覚えている方がいらっしゃいまして、それが超絶にクールだったので紹介しておきます。

「同じマジックは二度としてはならない」

原則3については議論が複雑になるのでここではあえて踏み込みません。

サーストンの3原則は初心者へのアドバイスだとも言われます(参考:Speakers:小野坂東 Part6)。確かに初心者には有益かもしれません。しかし、参考動画でトンさんが言うように、その先に進むなら、違う見方も必要だと思います。

サーストンは3原則ばかりが知られていますが、私がサーストンで知ってほしいのは彼の舞台袖での習慣です。

カーテンの陰から観客席を覗いてつぶやきます。

「皆さんショーにお越しくださいましてありがとうござます。I love you, I love you, I love you, …」

彼はいつも観客への愛を復唱してからステージに出ていました。そして彼はいつも観客から愛されていました。

サーストンから最も学ぶべきなのはこの姿勢だと私は思っています。

 

ポン太 the スミス

マジックとは

マジックとは何なのか?

擬似魔法という言い方がコンパクトだし、わかりやすいと思うので、私は気に入っています。

魔法とは超自然的な効果です。疑似は似ているが違うもの。つまり、マジックとは、超自然的な効果に見えるけど、実際には自然法則の枠内で再現されるもの、ということになります(なかったものを再現というのはおかしい気もしますが)。

疑似についての具体的イメージのため、疑似牛肉を考えてみましょう。牛肉の再現を目指した人工肉です。最近かなり本物に似てきました。似ているとは、味あるいは匂い、食感、見た目に牛肉を感じさせる質感があるということです。脳はいろいろな感覚を統合してひとつの知覚を作ります。牛肉の質感と非牛肉の質感があったとき、脳は「牛肉のような何か」を感じます。牛肉の質感が全面的に再現できたときに人工肉は本物の牛肉と感じられます。同様に、魔法の質感の再現度が高いとき、マジックは「魔法だ!」となります。もちろん魔法でないことはわかっています。

わかっていることと感じ方は一致するとは限りません。画像にある2つのテーブルは、天板が完全に同じ形です。その事実を確認し、完全に理解して受け入れててもなお、天板の形は違って感じられます。

魔法が現実には存在しないことはわかりきった事実です。その魔法を現実に体感できるのがマジックの魅力だと思います。

 

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ミゲル・プーガがやってくる!

「日本にはミゲル・プーガを呼びなさい」

心の師匠であるデビッド・ウィリアソンから言われた言葉です。

2011年に中国で、デビッド・ウィリアソンとミゲル・プーガ、マーク・オベロン、私の4人でのショーツアーがありました。40日間で25都市を回るというなかなかハードなものです。

ツアーが始まってすぐ舞台監督が心臓発作で倒れます。急遽ウィリアソンが演者兼監督になり、それから毎日、彼は私に稽古をつけてくれました。私はもともと彼の大ファンだったのですが、ともに過ごすうちに、彼の賢さ、うまさ、センス、人柄にさらに惚れ込んでいくことになります。ツアーが終わるころ、ウィリアソンにぜひ日本に来てくださいと頼み込みました。そこで言われたのが、「ミゲルを呼びなさい」です。

ミゲルはツアーで常に人気者でした。正直に言うと、私にはそれが少し不思議でした。彼はなぜこんなに受けるのか? もしかすると、私がそれをあまり理解していないことを見抜いてウィリアムソンはミゲルを推薦したのかもしれません。「日本のマジシャンにミゲルを見てもらいたい」とウィリアムソンは言っていました。

中国ではミゲルからショーの戦術をいろいろ教わりました。不可能性をそのままに不可能感を高める方法、エレガントではないものにエレガンスを足す方法など。興味深くはありましたが、当時の私には、その印象操作な感じが少しズルいように思われました。しかし、マジックは現実ではなく印象の中にあるものですから、マジック自体がそもそも印象操作とも言えるわけです。

マジックの理解が進めば進むほど、ミゲル・プーガの巧さ、そしてすばらしさがわかるようになりました。彼の作品集『アレグロ』を見た方にはあきらかでしょう。彼はプロ中のプロです。

ミゲル・プーガのワークショップが開催できることをうれしく思います。

 

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ハビー・ベニテツがすごかった

「マジックでもっとも大切なことはなんですか?」

あるマジックコンベンションで、タマリッツがその質問に対してパッションだと答えていました。

アスカニオは極めて論理的にマジックを研究していましたが、一番重要なのはマジックへの愛であることを強調していたそうです。

スペインはやはり情熱の国です。

ハビー・ベニテツもそんなスペインのマインドを大切にしているマジシャンでした。彼はスライト、手順構成、演出の全てに秀でていました。もちろんそれはマジックに対して情熱的に取り組んだ結果でしょう。そしてなんと言っても彼の圧倒的なアクト。それを支えているのもまた溢れる情熱でした。

ハビーのアクトで有名なのはFool Usでも演じた傑作レクエイムです。そのルーティンはアスカニオの生涯を表しており、起こる現象ひとつひとつに強い意味が込められています。それらの意味は決して見てわかるものではないのですが、そこに込めた熱量は観客に届き、それが心を揺さぶります。レクエイムの演技を初めて生で見た私は、他のマジックショーでは味わったことのない種類の感動を覚えました。

ハビーのマジックへの愛情の強さは普段の会話からも感じられました。マジックの質問をすると、彼はいつも真剣に考えてから丁寧に答えてくれます。彼のマジックの分析力がまた半端ではありません。彼の考察の鋭さと深さには驚かされるばかりでした。

3日間、彼と楽しい時間を過ごし、たくさんのマジック談義を通じてさまざまなことを学びました。しかし、マジックへの熱意を吹き込んでもらえたことが、私にとって一番の収穫です。

 

ポン太 the スミス

インポッシブルカンパニーへようこそ!

いろいろあって遅くなってしまいましたが、なんとかようやくオープンできました。

まだまだ商品が少ないですが、これから徐々に充実させていきます。動画コンテンツでは、FISMグランプリのピエリックやカードレジェンドのガイ・ホリングワースなどビッグネームの作品を扱うことになっていますし、日本のすばらしい才能も世界に紹介していける予定です。

「このマジシャンのコンテンツを扱ってほしい」などのリクエストがありましたらぜひお知らせください。

最高のものをご提供できるように頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします。

 

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